安食弘幸 峰町キリスト教会
安食弘幸
63才(インタビュー時)
峰町キリスト教会
主任牧師
1978年度卒
安食さんとイエス・キリストとの出会いについてお聞かせ頂けますか。
関学の学生時代、たまたま西宮福音教会の前を歩いていたら声を掛けられました。滝元明先生の伝道集会をやっていたんです。その時、初めて教会に入って、初めて福音を聞いて、その場で信じました。
罪の話し、救いの話し、天国と地獄の話し、をその時に聞いたんです。
「こう言う生活をしている人は地獄です」と言うのが自分とピッタリと合うわけですよ。
例えば「親から教科書を買うと言ってお金をもらって麻雀とかパチンコをするのは罪です!」「は?何でオレの生活知ってんねん!」と思ったわけですよ。そしたら「イエス様を信じたら天国へいけます。」と言うじゃないですか。「そしたら信じた方が得じゃん!」と思ったので、そこで手を上げて救いに預かったんですね。
当時、野球をやっていたので、「次の日曜日礼拝来てください」と言われても行けなかったんです。けど、教会の人達は、日曜日以外の日でもフォローしてくれて、月曜日の朝には週報が届けられていて一言「来週はお待ちしております」と毎週毎週書いてあるんですよ。その人は月曜日会社に行く前に私の下宿にわざわざ寄って下さっていたんですね。そういう人が数人いて下さったので、教会に繋がっていることが出来ました。冬になると日曜日でも野球の練習の時間が短くなって、少し教会に行けるようになったんです。そんな風になんとか、細々と信仰生活を送っていました。
でも4年生の時、将来の進路を考えるときに神様が「献身」の思いを与えてくださって、4年の10月で野球部が終わったので、それから「牧師になりたい」と言う思いが与えられたので聖書を読み、真剣に祈るようになりました。すると献身の思いが益々強くなったんです。
大学卒業後は1年間一般企業に就職し、お金を貯めてKBIに入学しました。
ある改革派の長老の方から、ちゃんと聖書勉強したかったら神戸の改革派の神学校へ行きなさい、なんて言われたことはありましたが、ボクの中ではKBI以外の選択肢は無かったですね。西宮福音教会の隣がKBIだったので、ということもありますが。
決心して牧師に相談したら「そうなるように私たちも祈ってました」と言われましたね。
献身を決心した時の事をお聞かせ頂けますか。
神様のために働けると言うことは自分にとってはハードルは高くなかったんですけど、家族にとっては大変でしたね。家族はノンクリスチャンですし、私は長男ですから。父親は市会議員でしたので、大学を卒業して地元の企業に就職し、いずれは自分の後を引き継いで欲しいと言う父親なりのイメージがありましたから、それが一瞬にして消えるわけですよ。凄い勢いで怒って田舎から出てきましたね。クリスチャンになるときは「信仰の自由は憲法で認められているから良いぞ」と言ってましたけど、いざ牧師となると自分の全く知らない世界に行くわけですから、不安だったんでしょうね。かなり反対されました。それからは「そんなの勝手にやれ」って仕送りカットですよ。
ま、その父親も亡くなる半年ほど前には洗礼を受けてくれましたけどね。
KBIに入学してみていかがでしたか?
朝から晩までスキな聖書が読める、神学の勉強が出来る、好きなだけ祈れる、学べる。という期待感を持って入学しました。
在学中の特に印象に残っている出来事は、伝道が難しいと言われていた北陸地方へキャラバン伝道行ったときのことです。凄い喜びでした。ボクも卒業したらこういう田舎へ来て伝道したい、と思いましたね。西宮では文化的な人達がいるので、キリスト教に対する抵抗はあまりなかったんです。でも田舎で伝道すると、なかなか受け入れてもらえず、これが日本のスタンダードなのかなと、感じました。であればこういう所で伝道するのもいいのかなと、その時思いましたね。
また、仲間と一緒にビジョンを語り合ったりするのは楽しかったです。みんな将来のことを話す中で、それぞれ言うことが違うんですよね、私は伝道師になる、私は宣教師になりたい。ボクはビリーグラハムみたいになる。ボクは癒やしの賜物を使って伝道するんだ。とか、ボクは神学校で教える人になりたいとか。それを聞くことによって自分の世界観が広がって行く。そういうのは聞いてて楽しかったですよね。
卒業してからKBIでの学びはどの様に活かされていますか?
「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ 」という本があるんですね。子供時代にみんな砂場で遊ぶでしょう。山作ったり、穴掘ったりしてね。友達が沢山居ると、譲り合ったり、ケンカしたり、傷つけたり、人とぶつかったり、物を取られたりしてそうやって人間関係みたいな物を学んでいくわけでしょ。そう言うことが書いてあったんだけど、表現を借りるならね、「牧師としての伝道牧会の全てはKBIで学んだ」という風に言っても過言でないと思いますね。
KBIの学びの中で先生が何となくおっしゃったイイ言葉だなと思った事とか、何だかわかんないけど気になるなと言う言葉をメモしておいたのが大学ノートに5冊ぐらいあるんですよ。それを折に触れて時々見るんです。そうすると、その当時には分からなかったけど、今なら分かるとか、あるいは外国の講師が日本に来て話すでしょ。そしたら時々「ちょっと待てよ。これKBIで聞いたことがあるなぁ」っていうコトが頻繁にあるんですね。すると「なんだ、大切なことはKBI時代に学んでいたんだ」って思いますね。
KBIのモットーが「十字架と聖霊と宣教」でしょ。結局そこに尽きるんですよね。キリストと共に自分が死んで、キリストと共に生きていくと。聖霊の力によって押し出されて宣教に出て行くと。それが基本ですから、そこがしっかりグリップできていると、何をしてもある程度の結果が出るんじゃないかな。
本日はありがとうございました。
インタビュー制作:トゥルース